ふとした瞬間に、感情の重みを強く感じることがあります。
怒り、悲しみ、不安、喜び……これらは一瞬の出来事に反応して湧き上がり、私たちを突き動かします。
しかし最近、感情はただの「信号」に過ぎないのではないか、と思うようになりました。
感情が湧くと、それをどうにかしようとするのが人間の常です。怒りがこみ上げれば、なぜこんなに怒っているのか理由を探し、悲しみに襲われればその原因を突き止めようとする。
けれど、感情そのものを「ただの反応」として捉えたら、私たちの行動や考え方はどう変わるのでしょうか?
例えば、道を歩いていて突然の雨に遭ったとします。
最初は濡れるのが嫌で、ついイライラしてしまう。
しかし、よく考えると雨はただの自然現象で、私たちに向かって怒りを誘発するつもりなんて一切ありません。
それと同じように、私たちが感じる感情も、ただの「心の反応」に過ぎないのかもしれません。
もちろん、感情には意味があります。不安は危険を知らせるサインであり、喜びは何かを大切に思う気持ちの表れです。
でも、その感情が私たちの全てを支配してしまう必要はない。
むしろ、感情は一つの「道しるべ」として、私たちが次にどう行動するべきかを教えてくれる存在なのではないでしょうか。
私がこのことに気づいたのは、ある夜のことでした。
ふと過去の失敗を思い出し、どうしようもない自己嫌悪に襲われたのです。
その時は「またこの感情に引きずられるのか」と思いましたが、少し視点を変えてみました。「この感情は何を伝えようとしているのだろう?」と。
すると、その自己嫌悪は「次はもっと自分を大切にするために行動してほしい」
というメッセージのように感じられました。
感情が私を責めているわけではなく、ただ次の一歩をより良くするための信号を送っているだけだったのです。
そう考えると、不思議と気持ちが楽になりました。
感情に支配されるのではなく、それを道具として使うことができる。
そんな風に捉えることで、日々の感情に対する向き合い方が変わってきました。
私たちの心は、日々さまざまな感情を生み出します。でも、それを「信号」として受け取ることで、感情に振り回されることなく、自分自身をよりよく理解し、次の行動につなげることができるのではないでしょうか。
感情は敵ではなく、私たちの味方。
ただ、その声に耳を傾け、冷静にその意味を読み取ることができれば、もっと自由に生きられるようになる。
最近はそんなことを考える日々です。